京都地方裁判所 平成元年(ワ)330号 判決 1993年5月31日
原告
A
同
B
同
C
同
D
同
E
同
F
右六名訴訟代理人弁護士
高田良爾
被告
学校法人
平安学園
右代表者代表理事
乙
右訴訟代理人弁護士
小林昭
同
山口貞夫
主文
一 被告は、原告B、C、Dに対し、それぞれ金五〇万円及びこれに対する平成元年二月二二日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告B、C、Dとの間においては、これを六分し、その一を被告の負担とし、その余を同原告らの負担とし、その余の原告らと被告との間においては、被告に生じた費用を二分し、その一を同原告らの負担とし、その余の費用は各自の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行できる。
事実・理由
第一請求
被告は、原告らに対し、それぞれ金三三〇万円及びこれに対する平成元年二月二二日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一請求の対象(訴訟物)
原告らは、被告経営の平安高校の高校生であった。被告が内申書を改ざんしたため入学時から存在した龍谷大学への特別推薦制度が打ち切られた。その結果、原告らは、この特別推薦制度を利用できなくなった。本訴は、原告らが、被告に対し、これが在学契約の不履行、ないし不法行為に当たるとして、損害賠償責任を追及するものである。
二前提事実(争いがない事実等)
(一) 昭和六一年四月八日、原告らは、被告の設置する平安高等学校普通科に入学した。
(二) 原告らは、平成元年二月時点で平安高校三学年であり、同年二月二五日同校を卒業した。
(三) 被告は浄土真宗本願寺(西本願寺)設立の私立学園であり、私立学校法に基づき平安中学校、高等学校を設置、運営している。
(四) 被告の上部大学として、同じく西本願寺派の設置する龍谷大学があり、平安高校は龍谷大学の「推薦特別指定校」となっている。
(五) 被告は、毎年度、平安高校「学校案内」と題するパンフレットないし学校要覧を作成して、龍谷大学の「推薦特別指定校」となっている旨を記載し、平安高校応募生徒に配布している。
(六) 昭和六〇年一二月から昭和六三年三月までの間、被告の元教論甲は、同人が担任していた学級所属の生徒二六名につき、各教科担当者から回付された成績評価記載の真正な評定値を水増しをした虚偽の評定値を学習評定一覧表に記載した。また、右学習評定一覧表に記載した評定値とも異なる虚偽の評定値五〇個を生徒指導要録に記載した(<書証番号略>)。
なお、右の成績改ざんは、少なくともその一部が被告の元理事で平安高校の元校長であった乙の指示にもとづくものであった(<書証番号略>)。
(七) 昭和六二年頃から、平安高校の宗教科教論などから、右甲の成績改ざんの噂が立ち、翌六三年一月ころから、これが問題化した。
(八) 昭和六三年三月一五日頃、京都新聞夕刊に平安高校の成績改ざんの記事が掲載された。
(九) 昭和六三年四月一日、龍谷大学は被告に対し、昭和六四年(平成元年四月入学)以降の本件特別推薦制度の当分停止を通知した。
三争点と主張
1 入学の法的性質と在学契約の存否。
(一) 原告らの主張
原告らの被告への入学は在学契約によるものである。その法的性質は契約にほかならない。
(二) 被告の主張
原告らの被告への入学は、校長の入学許可によるもので、契約はない。
2 特別推薦制度を利用させることが右契約に含まれるか。
(一) 原告らの主張
特別推薦制度は、在学契約に含まれる。少なくとも信義則上これを維持すべき義務がある。
(二) 被告の主張
特別推薦制度を、被告が原告らの入学時に説明したのは単なる制度の説明にすぎない。原告らとの間で特別推薦制度利用契約をしたものではない。
3 生徒(原告ら)の右利用権ないし利用する利益が法的保護に値いするか。
(一) 原告らの主張
原告らは、特別推薦制度を利用する権利を有し、その利用の利益は法的に保護されるべきものである。
(二) 被告の主張
原告ら主張の利益は、被告が特別推薦制度をとっていることによる反射的利益があるにすぎず、その利用権ないしその利益は法的保護に値しない。
4 本件成績改ざんにつき被告の責任があるか。
(一) 原告らの主張
本件成績の改ざんは、被告の教員によって行われたもので、当然被告の行為となる。その理由は、右改ざんは、被告の元理事乙(平安高校元校長)と被告の元教論甲の両名が共謀して行ったものである。元理事は被告の代表権を有しており、元教論は被告の使用人で、その履行補助者である。したがって、被告に右改ざんについて、債務不履行の責任、及び、民法四四条、七一五条に基づき不法行為責任がある。
(二) 被告の主張
被告の教員が行った本件成績の改ざんは、同人が個人的に行ったもので、被告の機関がしたものではない。したがって、被告の責任はない。
5 特別推薦制度打切りと原告の特別推薦制度利用不能の因果関係
(一) 原告らの主張
原告らは被告が特別推薦制度の打切りを受けたことにより、これを利用できなくなった。原告B、C、D、Fは、特別推薦制度を利用し得る基準を満たしていた。過去にこのような基準で特別推薦制度を受けた事例がありこれは例外ではない。
原告A、Eも特別推薦制度が実施できるのなら、その基準に達するよう勉学に励み、その到達可能性があった。
(二) 被告の主張
原告らは、もともと特別推薦制度を利用するに足る成績ではなかった。したがって、特別推薦制度が存続していたとしても、もともとこれを利用できる立場になかった。
6 原告らの損害が生じたか。
(一) 原告らの主張
原告らは、特別推薦制度の利用不能による精神的損害を受けた。
(二) 被告の主張
原告らが主張する精神的損害は、主観的な期待利益にすぎず、法的保護に値いしない。
第三争点の判断
一入学の法的性質と在学契約の存否。
学校、とくに私立学校の在学関係ないし学校利用関係は、少なくとも、生徒が学校において教育を受け、学校の施設を利用する特殊な契約関係としての側面を否定できないのであって、これが特別権力関係であるとしても、契約的側面を完全に否定できない。
したがって、学校利用関係につき契約的側面を全く否定する被告の主張は採用できない。
二特別推薦制度の利用と学校利用契約の関係
1 前認定第二(五)のとおり、被告は、毎年度、平安高校「学校案内」と題するパンフレット、学校要覧を作成して、龍谷大学の「推薦特別指定校」となっている旨を記載し、平安高校応募生徒に配布している。即ち、学校案内の「進路指導」の欄には「わが学園の上部大学としては、同じ本願寺派の設立する龍谷大学があり、本校はその推薦入学指定校となっている。」と記載している(<書証番号略>)。また、学校要覧でも、学園の歩み欄に同様の記載がある(<書証番号略>)。
そして、これを受け取った原告ら平安高校の応募者は、これが確実に実行されるものと信頼したものと認められる(証人萩本勝、原告F本人、弁論の全趣旨)。
2 一般に私立学校の入学は附合契約たる性質を帯びる。そうであるから、被告は生徒に対して、右学校案内ないし学校要覧で約束した特別推薦制度を保持してその利用可能な状態におく信義則上の義務があるというべきである。これが前示学校利用契約の内容となっているか否かは別として、少なくとも右契約に付随した義務として、特別推薦制度を確保する義務があると考える。
そして、これが存続し利用できるものと信頼した原告生徒らはその信頼を保護されるべき法的利益があるというべきである。
三本件成績改ざんにつき被告に責任があか。
前認定第二(六)のとおり、本件成績の改ざんは、被告の教員甲によって行われたものであり、その一部は被告の元理事乙(平安高校元校長)の指示によって行ったものである。そして、被告の経営する平安高校の教論は被告の学校利用契約の履行補助者であるから、右乙との通謀、指示如何に拘らず、その過失は契約当事者である被告の過失となる。とすれば、右教員の前示本件成績の改ざんは、そのまま被告の故意過失として、被告が債務不履行ないし付随的義務不履行の責任を負うというべきである。したがって、これに反し、被告の教員が行った本件成績の改ざんは、同人は個人的に行ったもので、被告の機関がしたものではないから、被告に責任がないとの主張は失当である。
四原告の特別推薦制度利用不能の因果関係
1 特別推薦制度の推薦基準
(一) 龍谷大学文学部、経済学部、法学部は高等学校三年一学期までの全科目を総合した評点が3.8以上であることを要する(<書証番号略>)。
(二) 同経営学部は同評点が3.5以上であることを要する(<書証番号略>)。
(三) 同大学短期大学部仏教科は同評点が3.5以上、社会福祉科は4.3以上であることを要する(<書証番号略>)。
2 原告らの成績
(一) 原告らの成績は、別紙のとおりであって、いずれも前示1(一)の文学部、経済学部、法学部、及び、同(三)の社会福祉科の必要な評点に達していない(<書証番号略>)。
(二) 原告B、同C、同Dの成績は前示1(二)、(三)の仏教科の必要評点に達している(<書証番号略>)。
(三) 検討
(1) 前認定1、2の各(一)、(二)の事実に照らすと、原告らのうち原告B、同C、同Dの三名が龍谷大学経営学部、同大学短期大学部仏教科の必要評点に達しており、これらの特別推薦を受ける資格があったというべきである。
被告は、推薦希望者が毎年多いので、同経営学部でも概ね3.8以上のものが推薦されており、3.5で推薦されたもの例外を除いては、3.7のものが昭和六一年に文学部で一名あった外はすべて3.8であったと主張しその旨の陳述書も提出されている(<書証番号略>)。しかし、これは過去の実績を述べたもので、推薦入学希望者の多寡によっては、大学指定の前示推薦基準に達した評点であれば推薦を受ける可能性があり、これを否定することはできない。
また、被告は、短期大学仏教科については寺院の子弟であることを要するというが、これを認めるに足る的確な証拠がなく、龍谷大学が示す基準にはこれは書かれていない(証人萩本)。
なお、原告Fは経済学部の課外特筆がある場合の3.3の基準に達しており、原告B、C、D、Fは経済学部の特筆特色がある場合の3.5の基準に達している(<書証番号略>)。しかし、これらは例外的な基準であって、本件全証拠によっても、右原告らがこの課外特筆、特筆特色があるとは認められず、その主張立証もない。
(2) 右認定の事実に照らすと、原告B、C、Dは龍谷大学経営学部、同大学短期大学部仏教科の特別推薦を受ける資格が有し、その可能性があったものというべきである。とすれば、被告の履行補助者である教員である教員甲の前示成績改ざんによって、龍谷大学から推薦制度を打ち切られるという結果を招いた。その結果、原告らが特別推薦制度を利用する期待利益を奪われたもので、この両者に相当因果関係がある。
なお、原告らはこうも主張する。その余の原告もまた他の学部にも特別推薦を受ける可能性がある。推薦はやってみないと分からないし、もし、特別推薦制度が存続していたならば勉学に励み相当の成績を挙げることができたから、いずれもその推薦を受けることができたもであって、その期待権の喪失と特別推薦制度の打切りとの間に相当因果関係があるというのである。しかし、原告ら主張の右事実は本件全証拠によってもこれを認めるに足らない。
五原告らの損害の有無と額。
1 原告らは、特別推薦制度の利用不能による精神的損害の賠償を求める。これに対して被告は、原告らのいう精神的損害は、主観的な期待利益にすぎず、法的保護に値いしない、と主張してこれを争っている。
2 前認定の第二の二の各事実の経緯、とくに、(六)の事実と、原告F本人尋問の結果、証人萩本の証言、弁論の全趣旨に照らすと、原告らは本件特別推薦制度の利用という実質的にも重要性を有する利益の確保を信頼していたものであり、その喪失により原告らは相当の精神的苦痛を受けたものであると認められる。そして、右信頼は信義則上、法的に保護に値すべきものであって、被告は学校利用契約の付随的義務の不履行による信頼利益喪失につき損害賠償責任を負う。
3 前認定第二の二の各事実、その他前認定の各事実、弁論の全趣旨に照らし、原告B、C、Dの受けた精神的損害の慰藉料は、各金五〇万円をもって相当とする。
第四結論
よって、原告らの本訴請求は主文一項の限度で理由があるからこれを認容する。その余の請求は失当である。
(裁判官吉川義春)
別紙
原告 A 3.0点(乙一、八、一四)。
原告 B 3.5点(乙二、九、一五)。
原告 C 3.6点(乙三、一〇、一六)。
原告 D 3.6点(乙四、一一、一七)。
原告 E 3.2点(乙五、一二、一八)。
原告 F 3.3点(乙六、一三、一九)。